グランドピアノが家にないけどプロで仕事している人達

ジャズでも、クラシックでも、
もし、プロレベルや、セミプロレベルまで
希望するなら、グランドピアノが家にある方が、
絶対良いです。

アップライトと、グランドでは、ピアノの構造が違うから、
セミプロや、プロレベルになると、無理があり、
特に、クラシックの場合は、かなり、きついハンディですよね。

情けないけど、私の場合も、子供の頃の家のピアノは、
アップライトピアノで、教室のピアノはハイブリットピアノです。哀。

ジャズライブの時は、グランドピアノを、事前にレンタルするか、
お店にあるピアノを、リハーサルで弾く事で、
特に支障がないですが、クラシックのピアニストなら、
ダメだと思います。

ジャズピアニストのプロは、家では、電子ピアノで練習したり、
アップライトのプロもいます。

クラシックでも、
北欧の大作曲家のシベリウス氏も、
49歳まで、家のピアノは、アップライトだったそうです。

若手で期待されるクラシックの反田恭平氏も、
学生の時期は、家のピアノは、電子ピアノで、
グランドをレンタルして、頑張ったそうです。

クラシック界の重鎮、ピアニストとしても、
作曲家としても、世界レベルの高橋悠治氏も、
家のピアノは電子ピアノだそうです。

個々の例を、少し詳しく書いて、
家の楽器が、音楽家としての人生に、
どの程度の影響を与えるかを、自分の能力は、
棚にあげて、考察してみたいと思います。

早々と結論を言えば、
ピアノを演奏するには、2つの要素があります。

1型は、指の運動で覚えず、音感で、ピアノで会話するように、
演奏する。主に、頭脳で、ピアノを演奏するタイプ。

2型は、難しい箇所などは、分かりやすく例えれば、
フィギアスケートの選手のように、
何回も練習して、
指の運動として、主に、体で演奏するタイプ。

クラシックの1型では、グレン・グールド氏ですかね。

グールド氏は、家でのピアノの練習は、2時間もやれば、
長い方で、あまり練習しなかったそうです。

また、いつも同じ指づかいで、演奏することを嫌い、
楽器がかわるたびに、指づかいを、
かえて演奏していたそうです。

グールド氏は、
「自分は、楽譜に指番号を書き込んだ事もなければ、
楽譜の指示通りに弾いた事もない。それどころか、
同じ運指で、3度と弾いたこともない」
と、語ったそうです。

体や指の運動で演奏せず、
1型の譜面をみて、頭の中に音楽を浮かべてから、
頭で、ピアノを弾くタイプの典型ですね。

高橋悠治氏も、世界の頂点レベルの初見力で、
外国の一流演奏家が、演奏不可能とあきらめた
現代音楽の難曲を、2週間ほどの練習で、
コンサートで弾きこなし、一躍注目されたそうです。

そのため、
「できるだけ、ピアノに触らない。(略)
練習しすぎたピアノなんて、いっぱいあるわけよ。
決まりきった道筋を、手が走っていく。
そうなると、聴いていて面白くないんだよ」
と、語っています。

高橋氏は、家にアップライトピアノを、
持っていましたが、狭い部屋で、ガンガン弾くと、
「うるさい」と思い、人にピアノをあげて、
音量調節のできる電子ピアノに買い替えたそうです。

高橋氏は、繊細な小さな音を、聴ける耳を、
失うのを、恐れたのだと思います。

基本的に、グランドピアノは、大きなホールで、
演奏するためのもので、小さな部屋で、
何時間も弾いていると、
耳にはよくないようです。

せめて、10畳の部屋が欲しいですが、
理想は、20畳の広さで、グランドを弾く部屋ですかね。哀。

話を元へ。

サラリーマン等と演奏家の兼業の場合も、
練習時間が、あまりとれないので、
1型の方が、有利です。

2型は、
「演奏家は、一日8時間は練習し、
1日弾かないと自分に分かり、
2日弾かないと、周囲の者に分かり、
3日弾かないと、聴衆に分かる」
という演奏家に、よくある典型的なタイプですね。

家の楽器が、アップライトや、
電子ピアノでも、プロとして、あまり支障がないタイプは、
1型の脳でピアノを弾く要素が強く、
2型の体の運動として、ピアノを弾く要素が弱いタイプだと、
私は予測します。

だから、家のグランドを長時間練習できる環境になくても、
レンタルや、ライブハウスのグランドで、
リハーサルをして、なんとか、仕事を継続させたり、
上達していくのだと思います。

2型の場合、長時間練習している家のピアノと、
タイプが違うピアノの場合、
ミスが起こりやすいです。

分かりやすく例えれば、フィギアスケートの選手で、
いつも練習しているリンクと、
試合のリンクの差異が、大きければ、大きいほど、
ミスが多くなるようなものですかね。

一般的には、
ジャズより、クラシックの場合、
自分の手に合わない、
他人の作曲家が書いた難しい譜面も、
演奏しなくてはいけないので、
2型の体の運動の要素が強いので、
家で、グランドピアノで、練習する必要性が、
上がるのだと思います。

ジャズの場合は、
即興演奏が主で、自分の手に合った演奏で、
仕事をする事が、ほとんどで、
自分の手に合わない難曲を、演奏する仕事は少ないし、
作曲主体の脳でピアノを演奏する要素が強いので、
プロでも、家では、アップライトも、
よくいるのだと思います。

私の知人のジャズのプロの例で、
1型で、家にグランドがない人の例を、
書いてみます。

知人のA氏は、
有名なジャズボーカルの伴奏等、
プロのジャズピアニストとして、
全国を演奏活動中で、
家のピアノは、アップライトです。

B氏も、
北欧のトップクラスのジャズミュージシャンのバンド等、
海外や国内で、演奏活動中で、
家のピアノは、電子ピアノ。

B氏は、難解な知らない曲でも、コード譜を見れば、
その場で、初見で、ライブをこなす人で、
北欧のツアーのライブでも、初見で、
北欧のミュージシャンの初めて演奏する
オリジナル曲を、こなしたそうです。
(話は少しそれますが、ジャズバンドでも、
高橋悠治氏のような
「決まりきった道筋を、手が走っていく演奏」
を、避けたいバンドはよくあります。
この場合は、あえて、リハーサルはなしで、
ライブのぶっつけ本番で、初見でオリジナル曲をこなします)

C氏は、ニューエージ系の作曲で、
オリジナル曲のCDを、出しました。
事情により、家にピアノはなくて、
ピアノ教室で、借りているスタジオの
グランドピアノで練習しているそうです。

CD作成は、まるで、練習せず、
ピアノをまったく、弾かずに、
オリジナル曲の譜面を書いて、
録音現場で、頭の中のイメージを、
初見で演奏して、
完成度の高いCDを作成しています。

A・B・C氏とも、
ピアノを弾かなくても、
頭の中に、音楽が鳴る1型タイプ。

家でグランドピアノで、練習しなくても、
現場のピアノで、間に合わせれば、
仕事で、さほど、支障が出ないタイプなのですね。

ジャズのプロの場合、CD作成で、よく言われるのは、
「結局1テイク目が一番良くて、数テイク録音しても、
CDに採用したのは、1テイク目の録音だった」
という事ですね。

未知な曲に対する、新鮮な感動がある方が、
演奏のクオリティが高くなるためだと思います。

クラシックの巨匠では、ルービンシュタイン氏も、
1型タイプのようで、ろくすっぽ練習しなくても、
長大な曲を、一発で暗譜し、
少年の時、コンサートのアンコールで、
暗譜がとび、適当に、その場で即興演奏で、
ごまかし、聴衆は、その演奏に
「ステキな良い曲だ」と、大変満足したそうです。

クラシックのピアニストでは、テレビで、
反田恭平氏の例を見ました。

反田氏は、家では、電子ピアノで練習し、
レンタルで頑張り、
コンクールで、一位をとり、外国に留学しました。

クラシックでは、ごくまれな例だと思いますが、
留学先でも、家には、電子ピアノしかありません。

お父さんはサラリーマンで、
「音楽で仕事するのは、将来の保障がない。
(音楽でコケて、他の仕事に転職しようにも)
つぶしがきかない」
みたいな事を言って、
グランドピアノを買ってあげて、
反田氏がクラシックのプロの道を、
歩むことを、応援する気持ちはない様子です。

しかし、海外の有名なオーケストラで、
共演を申し込まれ、反田氏は、
一躍、人気ピアニストになり、
タカキ・クラヴィアという会社の社長さんが、
反田氏に惚れ込んで、
スタインウェイを、プレゼントしてもらったそうです。

電子ピアノのハンディでも、
レンタルで、根性で、のしあがった反田氏は、
ピアノの前に向かわない時は、
頭の中の音楽をイメージして、
イメージトレーニングに、励んだそうです。

話は、少し、はずれますが、
サラリーマンの主人は、
「反田氏のお父さんは、正しいね。
俺だって、もし息子が、プロを目指したら、グランドは、
買わないね。レンタルで、苦労して、のしあがっていく根性や、
才能がないと、過激な競争の音楽のプロで、飯が食えないよ。
サラリーマンの方が、うんと楽で、つぶしがきくからね」
みたいな事を言っていました。

反田氏とは、逆の事例をあげますが、
例えば、親の財力で、子供の頃から、
2千万のグランドピアノで練習して、
(夜も練習できるように1千万の防音室)
コンクールでは、ママがつきっきりで、世話をやき、
「家事の手伝いも、娘には、やらせた事がない。
娘には、ピアノ以外の事は、やらせたくないの」
と、毎日幼児の頃から、遊びも禁止して、
長時間の練習を強いるママ。

私は、これなら、反田氏のお父さんの方が、
音楽家としてプロの道を歩む人生にも、
音楽で、コケた人生にも、
まだ、子供のためには、良いと思うのです。

音楽で、コケたら、こういう人は、
どうなるのでしょう?

音大に入学しても、
「ショパンのエチュード」クラスの難曲でも、
あまり練習せず、易々と弾ける同級生や、
上を目指せば、目指すほど、
スゴイ人ばかりの現実に、
どんどん落ち込んでいく毎日。
というのは、よくある事。

それに、プロを目指すとしても、
クラシックでも、ジャズでも、
その人が、心から演奏したい、パワーのある音楽が良いです。

「ママのため」と、自立して音楽をやらなくなると、
音楽のクオリティや、パワーが弱くなり、
人を惹きつけて、感動させる力が、弱くなりそう・・・。

最初の習い始めの家の楽器が、どうこうより、
音楽家としての人生では、
持って生まれた本人の才能と、
本人の自立心の方が、影響が大きいと、
私は思うのですがね?
(自分の情けない現実を、
棚にあげて、エラソウに書いてますね。笑)

自立の問題では、プロがよく言うのは、
「音楽で、大切で、重要な事は、
人には、教えられないし、
人からも教われない。自分で、模索するしかない」
という事です。

作家を目指す人がいたとして、
人から教われば、誰でも、
プロの作家には、なれないのと同じかもしれません。

クラシックのピアノの奏法でも、
個々の座高の高さや、足の長さや、
指の長さや、手首の柔軟性etcで、
変わってくるため、最低限の基本は、
先生が教えられるけど、
個々の生徒の体にあった奏法は、
自分で開発しないと、できない面もあるそうです。

プロの書かれた本では、
「むしろ、問題になるのは、
子供の頃の手も体も小さい頃、
大人の先生の大きな手で、演奏するテクニックを、
無理にたたきこまれたため、大人になると、
自分の現在の体や指にあったテクニックを、
自分で開発できない弊害」
だそうです。

クラシックピアニストの清塚信也氏は、
自著の「音楽と愛についての考察」で、
「なんで、先生が正しいのだよ」
と、ピアノを始めた5歳の頃から、
ずっと思っていた。
僕は、ずっと、そう思いながら、生きてきた。
だって、そうでしょう?
僕より、大きな手を持ってる先生が、
僕の手の特徴を理解した上での
テクニックを教えられるはずはないじゃないか。
そういうテクニックは、教わるものではなく、
自分で編み出すものだ」
と、書いています。

結論は、
「家の楽器を、プロになれない言い訳にしないで、
本人の根性で頑張れるか、どうか?
本人の才能で、プロとして、勝ち残れるかどうか?
他人任せや、責任転嫁して、自己責任から逃げない事」
ですかね。

上記のママの夢で、ピアニストに邁進させられる
娘さんも、プロの手前で、挫折して、
「私の時間を、かえしてよ!」
と親を恨むようでは、良くないと思うのです。

子供が、親を恨むよりは、親の財力や、援助をあてにせず、
自立して、他の誰かに依存しないで、
自分の才能の限界を、冷静に見極めて、自己責任で、
人生を歩んでいく方が、まだマシだと思うのですがね・・・。

話を元へ。
(話が、どんどん拡散し、長くなるのが私の悪い癖)

現場のピアノと、
どう折り合いをつけて、演奏するか?の現実も、
書いてみますね。
(私は、クラシックは、途中で挫折して、
クラシックは、不勉強で、ジャズを長く勉強してきたので、
主に、ジャズの場合を、中心に書きます)

バイオリニストは、
コンサートで、自分のバイオリンを持参して、演奏しますが、
ピアニストは、ほとんどの場合、家のピアノは、
コンサートやライブでは、弾かないので、
タッチの重さや、深さや、はね返りの問題等、
家で練習しているピアノとは違う、個々のピアノと、
リハーサルで、折り合いをつけて、
ベストの演奏をすることが、大事です。
(自分の、情けない力量は、棚にあげて書きます)

また、響きという点でも、
置き場所や、ホールやライブハウスの
音響で、全然違ってきます。

響きがあるなら、ペダルはあまり踏まないし、
響きが少ないなら、ペダルを踏むようになる。

リハーサルでは、お客さんが少なくて、比較的、よく響いたのに、
お客さんが、真近まで、うまってくると、
響かなくなることもあります。

特に、夏より、冬の方が、お客さんの衣類で、
音を吸い込むので、響かないことがあります。

演奏も、家のピアノで、練習している場合と、
かわってきます。

ピアノは、個々に音色に個性があり、
私は、ベーゼンドルファー等の外国製のピアノを、
販売しているお店で、
試弾させていただいた事がありますが、
個々のピアノで、音色が違い、合う作曲家の曲も違いました。

例えば、1千万円のヤマハのピアノは、
キラキラ輝いた音色で、私は、このピアノを、
「松田聖子ちゃんピアノ」と、密かに名づけました。
(昔のアイドルです)

リストとか派手な曲が、合いそうだと思ったので、
指が動かなくて、リストが弾けない私は、
適当に、リスト風のショボイ曲を見つくろって試弾しました。

お店の方も、
「このピアノは、リストとか、派手な曲が好きな方が、
よく好んで、買われるピアノです」
と、言われました。

五百万円のベーゼンドルファーは、音色のキラキラ感は、
足りないけど、バッハ等の深みのある曲が、合いそうなので、
稚拙なバッハを弾きました。
私は、このピアノを、密かに「中森明菜ピアノ」
と名づけました。(笑)

ジャズに合いそうなボストンは、ジャズを弾き、
ドビュッシー等の近現代に合いそうなピアノは、
稚拙なドビュッシー風の曲を、弾きました。

どうでも良い私の事ですが
グランドのレンタルでも、高音の響きが良いと思うと、
高音ばかり使って、アドリブをとりがち。
低音が良いと思うと、低音ばかり使う。

うんざりするほど、ピアノに影響されやすく、
こんな神経質な事を、ジャズライブでやると、
即、首になりますデス。哀。

ジャズの場合は、どんなにコンディションの悪いピアノでも、
ピアノと折り合いをつけて、ベストの演奏をする。

ボロボロの、音の出ない鍵盤があるピアノでも、
優れた人は、出ない音は、よけてアドリブをとり、
お客さんを感動させて、CDを売ってしまうのだから、
お店のピアノのコンデションの悪さに、文句を言って、
投げやりなライブをしてはいけないのです。

(話を元へ)

現実には、きちんとしたホールの演奏会では、
数台のピアノの中から、演奏曲に合ったピアノを選べるそうです。

話を、電子ピアノにかえますが、
電子ピアノは、値段が高いピアノ
(ハイブリットピアノ等)は、
鍵盤のタッチの重さや、
はねかえりの具合や鍵盤のもどり等、
グランドピアノに、近くなってきて、
同じ音の連打でも、サイレントや、アップライトピアノよりは、
鍵盤のもどりが速いので、具合が良い一面もあります。

テクノロジーの進歩で、音も、だんだんよくなっていますが、
空気を通した生の演奏は、本物のピアノの方が良いです。

私の個人的な感じ方ですが、
料理に例えてみれば、本物のピアノは、
野菜や魚や肉等で、じっくり煮込んだスープのような音質。

電子ピアノは、固形のコンソメスープのような音質ですかね。

分かりやすく例えれば、
固形コンソメでも、家庭料理なら、おいしく食べられますが、
売り物のCD録音(店の料理)では、
電子ピアノはNGという感じですかね。
あたり前だけど、プロの料理人を目指すのに、
固形コンソメの料理しか、経験しないのでは、
マズイですよね。

人間というものは、贅沢なもので、プロの料理を
味わうと、固形コンソメの料理が、まずく感じる
ものです。でも、いろいろな事情で、仕方ない事も
ありますデス。哀。

お店で、試弾しているうちに、200万程度の予算の
グランドピアノを買おうと思ったのに、
いつのまにか、500万のピアノを買ってしまったとか、
ジャズメンでも、ウッドベースの予算は、100万なのに、
つい誘惑に負けて、300万を買ってしまったとか・・。
私の周りでは、そういう話は多いですが、
私は、誘惑に負けないように、「レンタルで頑張るのだ」
と、自分に言い聞かせているのです。

本格的なレガート奏や、
スタッカート奏等、いろいろな多彩な奏法や、
ピアノならではの音色の深みを目指すと、
電子ピアノや、アップライトでは無理です。

結局、家にグランドがない場合は、
レンタルで、頑張るという事ですね。哀。

余談ですが、身も蓋もない事を言えば、
クラシックやジャズのような人間が演奏する生の楽器主体の
音楽は、楽器代もかかるし、録音費用も、プロに頼まないと、
売り物レベルには、なかなかならないので、
高額なものになります。

しかし、テクノ等の電子音楽は、楽器代も安くすむし、
録音費用も、素人の宅録で、売り物レベルも
作れないことはないので、グーンと安くすむのですね。

作曲にはまった小学生や中学生が、安価にDTMで、
自作曲を作成して、販売する事もできると思います。
しかし、小学生や中学生が、音楽で、お金を稼いでも良いものか?
禁止した方が良いか?
それとも、親御さんの管理の元に、やらせてみるか?
は、難しい問題です。

ただし、私の個人的な好みですが、
電子の音は、人が見えないので、
私は、機械サウンドを、毎日のようにやっていると、
ウツになってきます。

生の楽器で、人間が演奏した音楽は、演奏している人の
人柄や、演奏している人の人生が感じられ、
電子音楽は、どこの人が演奏しても、
みんな均質で、演奏者の人生が、みえないのが、
空しいです。

話を元へ。

北欧の作曲家で、シベリウス氏は、
49歳まで、家のピアノは、
アップライトだったそうです。
(50歳の誕生日に、友人達が、
グランドピアノを、プレゼントしてくれたそうです)

クラシック史に、残る素晴らしい曲を、
たくさん作曲したのだから、
指の運動で、仕事をする要素が強い演奏者より、
音感(頭)で、仕事をする要素の方が強い作曲者の方が、
大きな影響は、出ないのかもしれません。

私は、家の事情で、電子ピアノしか置けない人でも、
電子ピアノで、音感を育てて、音楽は探求できるし、
グランドをレンタルして、頑張っても良いと思います。

「ピアノを通して音楽する事」を、命題にすると、
家のピアノがアップライトか?グランドか?より、
私が大きな壁を感じたのは、
音感があるか、ないかという事でした。

例えば、30年以上も昔の
ヤマハの指導者の検定試験の講座の時に、
一番最初の講義で、講師が、
聴音の試験課題を、全員の生徒に課して、
「この問題は、できない人はいませんね。全員、できますね」
と言って、講座では、聴音の訓練は、まるでやらず、
カットされて、楽典や伴奏づけ等、他の課題の講義になりました。

ヤマハのメロディー聴音は、調性を言ってくれないので、
まるで、絶対音感がない人は、合格は難しいし、
ハーモニー聴音も、絶対音感がない人は、
大人になって、いくら努力しても限界がある。

絶対音感には臨界期があって、6歳半前に、
訓練を開始しないと、身につかないそうです。

もし、この講座に、
「すいません。聴音は、まるで、できません」という生徒が、
一人でもいたら、努力だけでは解決できない問題なので、
大きな疎外感を感じたと思います。

(ただし、ピアノ講師は、音大を出たり、ヤマハやカワイや、
ローランド等の指導者レベルの試験に合格しなくても、
できるので、ヤマハの講師を目指さない希望なら、
絶対音感が、まるでなくても、個人宅でピアノ講師の
仕事ができます。カワイやローランドの講師採用は、
私は知りません)

ジャズのジャムセッションに、
参加した時も、途中から、どこをやっているのか
分からなくなった初心者の参加者が、
むちゃくちゃな、でたらめな演奏になりました。

ホストのベーシストが、
「ベースの音を、よく聴いてくださいよ」と言うと、
参加者は、
「僕は、なんの音かは、まるで分かりません。
絶対音感も、相対音感も、まるでないです」
と言いました。

ベーシストは、
「とりあえず、相対音感をつけるように、頑張った方が良いですよ。
なんの音か、まるで分からないのでは、ジャズはできませんよ」
と、当惑して言いました。
(相対音感は、大人になっても、努力すれば
身につきやすい音感です)

私が印象に残っているのは、他の参加者が、
「日本人なのに、日本語をきいても、分からない人が
この世の中にいるのかよ?」
みたいな、珍しい人をみるような驚きの目でみていた事です。

「ジャズを演奏している人は、なんらかの音感があるのが当り前」
みたいな認識。

差別的で、嫌な感じだけど、現実なのですね。哀。

話は長くなり、とりとめがなくなるけど、
「相対音感でも、絶対音感でも、なんらかの音感があるのは、
日本人が、日本語をしゃべるのが当り前と同じ事」
という環境にいると、
「日本語を話せるからと言って、誰もが作家や俳優等の、
言葉を扱う仕事で、食べていけるわけではない」
という、クールな気持ちになってきますデス。哀

プロで食べられて、しぶとく生き残っていく人は、
高度な技術や音感の他に、もっと複雑な要素が
あると思うのですが、簡単に、解明できないナゾの部分が
多い複雑な問題です。

正直、昭和30年代生まれの私は、
子供の頃、ピアノの先生から、
音感の訓練はうけていないので、
高度な絶対音感は持たず、
軽度な絶対音感しかないですが、
軽度でも音感がある人と、ない人では、
大きな壁を、感じました。

正直に書きますが、現実には、音楽教室に通っていても、
高度な絶対音感を持つ子供は少数で、ピアノの鍵盤を、
ランダムに一音だけ弾いて、全部ピタリと当られるとか、
30種類程度の和音を識別できる程度の
軽度な絶対音感保有が、多数です。

難しいのは、30種類を超える和音の識別で、
ジャズの場合、基本のコードだけでも、144種類あり、
テンションを加えると、コードは膨大な数になり、
猫が鍵盤を歩いて、出した音でも、
全部の音を、正確に当てられる、高度な絶対音感を、
保有する人は、ごく少数だと思います。

プロの現場で、(主にジャズやポピュラー系の場合ですが)
軽度と、高度では、仕事にどんな差が出るか?という問題ですが、
採譜の仕事では、テンションを加えた複雑な和音も、
採譜できないと、マズイので、高度な絶対音感が必要です。

しかし、テクノロジーの進歩で、機械の採譜が、
どんどん進歩しているので、
採譜の仕事は、激っていくと予測しています。

ジャズの演奏の仕事は、私の周辺のジャズメンでは、
軽度の絶対音感でも、高度の絶対音感でも、
ほとんど仕事には、影響がないようです。

軽度の絶対音感保有者は、相対音感も苦労して身につけて、
相対音感で補っているので、演奏の仕事に、支障がないのですね。

現実に、歴史に残る偉大な作曲家のシューマンも、絶対音感は
保有せず、相対音感の人だったそうです。

最後に、幼児のピアノレッスンの場合の、
指の運動で覚えて、
音感で、演奏していない事の弊害を、書いてみます。

指の運動で、覚えて弾くということは、同じ小節を、
フィギアスケートを練習する選手のように、
何回も長時間繰り返し練習して、指に覚え込ませて、
演奏するという事です。

軽度でも、音感が育っている大人や、
ピアノを、数年習った子供の場合は、
この練習は、有効ですが、
音感が、まだ育っていない幼児に、
この練習を、講師が、強制することは、
マイナスで、大人の指の骨の半分しか、
骨がない幼児の指には、無理を強いる可能性も高く、
また、下記のいろいろな弊害を、生みます。

言葉で、例えて説明すると、
「春の陽光に、私の心は癒された」
という、幼児には、意味が分からない
難解な詩を、幼児に、暗唱させたとします。

幼児は、
「ハルノヨウコウに、ワタシノココロハイヤサレタ」
と、繰り返し練習して、やっと暗唱できるようになります。

しかし、一音でも、つかえてしまうと、
「ハルノコウ・・・」
みたいな、わけのわからない事になります。

軽度でも、音感がついていれば、
「春のコウコウに、私の心 イアされた」
程度の、間違いですみます。

正しい間違いと、完全に間違っている場合があります。

音感が身についていれば、
「春の陽光に、私の心が癒された」
(「心は」と、「心が」の一音違うだけ)
と、正しい間違いもできます。

また、「春の陽光は~」だけを、
とりあげて、
「春の陽光は、私の心を、優しく抱きしめてくれた」
と、かえたりできます。

音感がつけば、一例ですが、
ブルグミュラーのアラベスクを、弾けるようになると、
似たような曲を、作曲できるようになります。

幼児のレッスンは、1歳でも早く難曲を、弾かせる事ではなく、
まだ指の発達が不完全な幼児に合わせて、音感をつける事
(音楽で会話できる。頭の中に音楽がある事、
音楽が第二の母語になる事)
を、育てる事を、第一にする方が、幼児には適しているし、
マイナスには、ならないと思います。

電子ピアノでも、「音感を養って、音楽を第2の母語にする事」
を育てるには、NGではないです。

例えば、生徒さんで、特に宿題は、出さないけど、
気に入ったクラシックのオーケストラ曲を、
採譜して、ピアノ曲に編曲して、
レッスンに、もってきた例もあり、
こういう勉強は、電子ピアノでもできます。

もうすこし、つっこめば、似たようなオーケストラ曲を、
生徒さんが作曲して、自分で譜面を書いて、
ピアノで演奏する、自作自演も、家のピアノが電子ピアノでも、
どんどんできます。

ピアノを本格的に、演奏したいなら、
グランドピアノの練習は欠かせないけど、
家の事情で、グランドピアノはダメなら、
レンタルで頑張るのも、ありだと思います。

あさげピアノハウス

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この記事へのコメント

Nanook
2019年11月30日 13:31
転勤族で社宅住まいですので、うちは電子ピアノが精一杯です。それで、このタイトルに目がとまりました。ピアノが大好きな中1の娘がいます。割合自由にやってきて、いろいろな音楽を聴きますが、ピアノで弾きたいのは今はクラシックのようです。ショパンのエチュードや今はバラード第1番を練習しています。いつもグランドピアノで弾きたがります。ペダルがどうにもダメらしいです。娘はピアノ練習はそれほどしません。むしろスポーツが好きです。外から帰ってすぐにピアノに向かって、PPAPのバラードバージョンを弾き出したりします。「降りてきた」と言いながら笑。先日は学校の音楽の授業で聴いたスメタナの「モルダウ」にすっかりはまってしまい、オーケストラを指揮したいと言いだしたりもします。気にいった曲は何十回、何百回と聴きます。はっきり言って耳タコで家族は少々ウンザリします。娘が気にいった曲は、ランキングが一気に上位に行くでしょう笑。今はモルダウです笑。

娘が言うには、学校でもいつもピアノ練習はしていると言います。難しいところを考えながら指を動かすイメージをいつでもどこでもしているから、実際に家でピアノ練習していなくても、できるようになるそうで、一回も家で弾かなかった週でも、先生から「よく練習していますね」と言われたと、(しめしめ)といった顔でピアノ教室から帰ってくることも、小学生のころにはよくありました。あさげさんの説によると、娘は1型の人のようです。

小1から毎年学校の合唱の伴奏を引き受けていて、それが年に1ヶ月ほどグランドピアノを弾ける貴重なチャンスでした。みんなが歌の指導を受けている時、待っている間に、娘はペダルを踏んで音の響き具合をこっそり確かめるそうです。それを聞いた時には、もしも家にグランドピアノがあったら、心ゆくまでいろいろなことをためして、どんな音を出すようになるだろうかと思ったら、その音がどんな音か聴いてみたかったと思って残念に思いました。それからは、時々スタジオレンタルしています。

正直もう少しましなピアノを買ってあげたいと思っていましたが、このブログを読んで、やっぱり考えが変わりました。今は「これでよい」と思います。娘が本当にやりたかったら、反田氏のように、どこまでもハングリーに行けなければ、どのみち途中で挫折するでしょう。それにはまったく同感です。娘が本気で望むなら、私は後方からそれを支えてあげるようなことはしてあげたいと思いました。

おかげさまで、私の迷いがきえました。

あさげさんのこのブログは、私はいろいろ共感できます。ほとんど同じ考えだと思います。今の時代、離れていて決して出会うはずのなかったような人の、しかも過去に記載されている、こういう様々な価値観、考え方のアプローチに触れられるのは、本当に貴重でありがたいことです。
あさげ
2019年11月30日 16:39
NanooKさん、コメントありがとうございます。
娘さんは、1型のようですね。
頭の中に、音楽があるのですね。
音楽が第2の母語になり、日常生活で経験した、
いろいろな想いを、気楽な日常会話のように、
ピアノで、お家で、間違ってもよいから、
好きに表現して弾いていると、
ますます、ピアノが好きになって、日本人が、
日本語を話すのは、やめられないのと同じで、
ピアノは、生涯の心の親友になると思います。
グランドでないと、できない練習もありますが、
電子ピアノでも、音楽を第2の母語にすることは、
充分できると思います。
これからの娘さんの人生のつらい時、苦しい時に、
親友のピアノが、助けてくれると思います。
指の運動ばかりで、ピアノを演奏することの弊害は、
長年やってきた奏法をかえる時に、
とても苦労する事です。
最悪は、演奏ができなくなる人もいますが、
1型タイプは、奏法をかえても、
2型タイプより、指の運動だけで、
体にしみこませていないので、苦労が少ないです。
踊りのプロは、日常生活で、道端で、
ちょうちょうが飛んでいるのを見ても、
踊りの振りつけが、浮かぶそうです。
ドビュッシーは、散歩中に、
どんどん音楽が浮かぶそうです。
「楽譜の中にも、楽器の前にも、
音楽はない。音楽は人の生きている
場に、無数にある」というのが、
ドビュッシーの音楽の視点です。
プロの作家は、優れた作品を残しますが、
でも、日常生活のなかで、気楽な日常会話が
なければ、誰も作家には、なれないですよね。
音楽で飯が食えるのは、今は、ものすごく
熾烈で、ジャズの上原ひろみさんほどの
才能でも、大学は、音大ではなく、
法政大学卒という、シビアな現実がありますが、
(音楽の仕事で、コケタ場合の安全パイで、
音大にはいかず、音楽以外の食える資格を
とる人は多いし、音楽専業ではなく、
サラリーマンとの兼業が多いです)
ピアノを心の親友にできる事は、
人生の幸せの一助にはなると思います。
最後に、ご存じかと思いますが、クラシックの
ファンが多い曲を、あげておきます。
ユーチューブで聴けます。
シチリアーノ(フォーレ)
ダッタン人の踊り(ボロディン)
シチリアーノ(バッハ)
アルビノーニのアダージュ
シェーラザード(リムスキー・コルサコフ)

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