私は「がっかりする」という事が分からなかった

昔、高校受験の時に、中学のクラスメートが、
「私が、志望校に落ちたら、親はがっかりするだろうな」
と言いました。

私は、
「うちの親達は、自営業で、商売が忙しいから、
ピアノの発表会は、中学生になったら、親は来ないし、
一人で、発表会に行っていた。
学校の通信簿も、普通の成績なら、
行ける高校があるから、それで良いという
タイプなので、志望校に落ちても、
がっかりしないよ」
と思いました。

戦時中を経験した、私の両親には、
学歴社会に対する不安は、なかったようで、
「学校の勉強が嫌いなら、職人になるとか、
いろいろ道はあるさ」
という、呑気な感じでした。

昭和30年代生まれの私の時代は、小学校から、
塾に行っている子は、ごく少数で、
習い事も、せいぜい、一つぐらいで、
塾にも行かず、習い事もしていない
クラスメートも、大勢いました。

この時代の子供達は、学校が終わると、
家では、学校で出された宿題をやるだけで、
遊びほうけていました。

こんな生い立ちの私なので、
「親をがっかりさせる」とか、「誰かをがっかりさせる」
という概念は、よく理解できない所も、あります。

私は、無類の運動音痴で、不器用で、
小学校の運動会で、紙で作った魚を釣る
競争がありました。

まず、魚がある所まで走っていって、
魚を釣って、ゴールまで走る。

ところが、不器用な私は、いつまでたっても、
魚が釣れず、後がつっかえているので、
先生が、「君は、魚を釣らないで良い。
ゴールしなくて良いから」と言われて、
私は、仕方なく、ゴールしませんでした。

親も、運動会の見学に来ていたと思うけど、
うちの親は、そういう事態でも、がっかりしないです。

「あさげは、不器用だからね。アハハッ」
で、終りです。

過去のブログでも書きましたが、自営業は、厳しくて、
父は正月でも、休みなく働き、
50代で、過労死しました。

父が過労死した時、母は、取引業者に
「納期に間に合わせろ」と、怒られて、
泣きながら、いろいろ電話して、知り合いに、
仕事を頼んで、なんとか、納期に間に合わせました。

結局、私の親は、ピアノは、習わせてくれたけど、
娘のピアノの進度には、まるで関心がなくて、
せいぜい、発表会の記念のピアノ演奏のCDを聴いて、
「あさげは、上手くなったねえ」と、喜ぶ程度でした。

「生きてるだけで、それで良い」という、
せっぱつまった時代を、生き延びた世代には、
ありがちなタイプかもしれません。

ここまで書いて、ピアノ講師として、
私は、「生徒さんにがっかりする」という事が、
とても少ないタイプだという事に、気がつきました。

講師になりたての若い頃は、
「少しでも上手に、ピアノを弾かせよう」という意欲が
あったので、やる気のない、練習しない子に、
がっかりしたり、悩んだけど、講師歴を積むと、
どんどん、がっかりが、減っていますね。

昔、ピアノの検定試験を受ける生徒さんが、親御さんに、
「悪い成績だと、先生が、がっかりするよ」
と言われたそうです。

生徒さんは、
「あさげ先生は、がっかりするの?」
ときいたので、
「私は、がっかりしないよ。
良い成績で合格しても、よくない成績で合格しても、
ピアノを好きになる事とは、あまり関係ないでしょう。
検定試験で、良い成績をとったからといって、
ピアノを好きにならない事も多いよ。
私立受験の時の、内申書の特技に検定試験の
合格を書くために、受験するのでしょう」
と、クールに言いました。

生徒さんは、
「受験勉強も、勉強が好きだから、頑張ってる
わけではないんだよね。やらなくちゃいけないから、
やっているんだよ。試験のピアノはつまらない。
私立受験の都合で受けたけど、試験のピアノではなくて、
ピアノを好きになるレッスンにもどりたい」
と言いました。

その気持ち、ものすごく分かります。

本当に好きな事なら、仕事の都合や、
「将来仕事で、お金をもらえるから頑張る
という事とは、まるで関係なく、ずっと、
一生やり続けたいと思う。

それは、たまたまクラスが同じだから、
付き合っているけど、学校を卒業したら、
付き合いが途絶えるクラスメートと、
学校を卒業しても、ずっと、付き合っている、
クラスメートの違いと、同じかもしれないです。

試験や仕事という義務や義理で、やる事は、
本当に好きとは、違う面があると思います。

正直に書けば、私は、昔、選挙の応援歌を、
作曲しました。
仕事の義務で作曲したので、1週間後には、
どんな曲を作曲したのか、忘れていました。

駅で、候補者が演説をしている所に遭遇し、
数人で、唄を歌い始めました。

私は、「へえ~、最近の選挙は、候補者の
テーマソングを歌うのだ」と、思いました。

帰宅して、よくよく考えると、
自分が作曲したものでした(笑)

お金払いの良い顧客は、
「本音は、嫌いな人で、相性が悪い」と思っても、
顧客と仕事上で、かかわる時は、「この人は好きだ」
と本心に嘘をついて、仕事をするのは、よくある事です。

近所の人で、人の悪口や、噂話が、大好きな人に、
遭遇しても、その時だけは、「嫌っている」
とか、「避けたい」そぶりは、出さないで、
にこやかに、親し気に、お話する事は、
よくある事です。

仲の良いクラスメートだと思っていたけど、
学校を卒業してみると、
「本心は、嫌いな人だったのだ」と、気がつくのも、
ありがちな事かもしれないです。

でも、お金がからまない、義務や義理ではなくて、
本心から、会いたい人や、やりたい事は、
人の評価や、人とのしがらみによる期待は、
度外視して、自分の本心から、
「やりたい、会いたい」が、大切な事だと思うのです。

私の父の場合、仕事以外の、心からやりたい趣味を持つ、
心のゆとりがなかったのも、過労死という、
悲劇の要因かもしれません。

例えば、本心からやりたくない、仕事の場で、
思いがけず、売れてしまい、
「次回作も、期待しているよ」
などと、スポンサーに言われる。

私は、「期待しているよ」と、言われる事は、
まるで嬉しくないし、
「よーし、次回も売れるように、頑張るぞ~」
には、ならないタイプなのですね。

むしろ、売れてしまったから、自分のやりたい
音楽が、見えなくなったのか??
麻薬に依存してしまった、槙原敬之氏や、
飛鳥氏の抱えている問題に、関心があるのです。

ピアノを習っている時でも、先生にほめられたとか、
先生が、期待しているから、頑張るというタイプでは、
なかったですね。

とりあえず、親が、懸命に働いたお金で、
ピアノを習わせてくれるのだから、先生から、
出された宿題は、真面目にやる生徒だったけど、
それ以外は、勝手にピアノで遊び弾きして、
遊んでる時間の方が、長い生徒でした。

私は、人の評価とか、人の期待で頑張るタイプではなくて、
自分の興味で、ついやってしまうタイプのようです。

そういう私だから、レッスンの時、
ピアノはまるで、弾かないで、雑談と、唄を歌うだけの
生徒さんでも、がっかりしなくなったのだと思います。

そういう生徒さんが、いつのまにか、
ピアノを、よく弾くようになっても、
「いつ、弾くようになったのか?」を、
覚えていない事が多い、私にとって、
「とにかく、今現在、その子なりに、
なるべく、ありのままの気持ちに、嘘をつかないでいる事」
の方が、重要なのだと思うのです。

他者の期待は、自分が本心から、やりたい事とは、
違う事が多いと思います。

医師になりたい学生さんも、自分の本心ではなくて、
「親の期待で、医師になりたい」学生さんが、
多いそうです。

「本当に、自分がやりたい事なのか?
それとも、親や周りの期待によるものなのか?」
 を、自分で、適確に見分ける事は、
 意外に難しい事かもしれないです。

親の期待に苦しんだ経験が、ほとんどない私は、
親の期待や、周りの期待に、潰されそうになる、
若い人の苦悩が、よく理解できず、
朝井リョウ氏の「何者」や、「もういちど生まれる」
を読んだりしましたが、雪を見たことのない、
南国の人は、雪が実感できないのと同じで、
登場人物の気持ちが、実感できず、理解できないままでした。

少しでも、理解できるようになるのが、課題ですね。

追記
昔、ピアノの試験で、手がブルブル震え出して、
弾けなくなり、不合格になった生徒さんが
いました。
今の私は、不合格になった事に、講師として、
がっかりするより、手がぶるぶる震えるという、
生徒さんのありのままの気持ちを、講師が
受け止める方が、大切な事だと思います。

あさげピアノハウス



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