バイエル論争・バイエルで悩んだ私

バイエルは、日本では、古くから使用されている王道の
ピアノ教本です。
私自身は、子供の頃、バイエルから、ピアノを習いましたが、
講師の現在の私は、バイエルは、使用していないです。

私の約30年間の講師歴を、振り返りながら、
バイエル論争(バイエルを使用した方が良いか?良くないか?)
を、語ってみたいと思います。

講師になりたての、ヤマハ系音楽教室の講師の時は、
ヤマハ系の教本を使用し、バイエルは、あまり使用していないです。

その後、結婚して、神奈川で個人教室を、開催した時に、
最初の頃、使用したのはバイエルでした。

しかし、バイエルに不満を持つ子が、多かったです。

「つまんない曲ばっかり~。」
「こんなダサイ曲、弾きたくないよ」

悲しいのは、講師に合格の丸を、もらったのに、
しばらくして弾かせてみると、
まるで、覚えていなくて、弾けない事です。

約27年前の当時は、どこの教室でも使用している、
バイエルピアノ教本でしたが、
子供の生徒さんには不評も多く、頭が痛い教本でした。

それでも、
「ピアノをやらせるなら、バイエルは、必ずやらせてください」
という親御さんの要望が多く、しかし、子供の生徒さんの
あまりの食いつきの悪さに、困った私は、
バイエルに、適当に歌詞をつけて、
教えたりしました。

例えば、ままごと遊びが好きなA子ちゃんには、
ままごと遊びの歌詞をつけて、
戦闘##が好きなB男君には、戦闘##の、
キャラクターが出てくる歌詞をつけるのですね。

戦闘シーンに合うように、ハーモニーも、
適宜かえたりしました。

生徒さん達は、喜んで、歌詞作りに加わり、
なんとか練習するようになり、ホッとしました。
(生徒さんの個人情報保護のため、個々の事例は、
昔の生徒さんの事例を書き、たとえ匿名でも、
今の生徒さんの個々の事例は、書きません)

このへんから、男の子の生徒さんも、増えてきて、
そのうち、男の子の生徒さんが、過半数になりましたデス。

副教材は、その子の好きな曲を、私が譜面作成して、
弾かせたので、いつのまにか、バイエル併用曲集も、
ほとんど使用しなくなりました。

好きな曲は、アニメ曲や、テレビで流行ってるJポップや、
童謡や、パパやママがよく聴くクラシックetc。
いろいろです。

ただ、好きな曲だけ、やらせていると、
基本が、まんべんなく、身につかないので、
バイエル風な4小節程度の指の練習曲を作って、
レッスンで、弾かせたりしました。

「指の練習曲は、4小節や、せいぜい8小節の短い曲にする」
「個々の生徒のその時の状態に合わせて、与える曲をかえる」
「ピアノを弾く事に慣れてきた子は、対位法の曲を多く与える」
 が、私のやり方です。

レッスンで初めて見た、短い曲を、数多く練習することは、
初見力をつけるためにも、有効です。

また、大人の生徒さんのなかには、
「ニューエージ系のピアノ曲が好き」
という方もいて、バイエルでは、相性が悪いので、
私が、初心者向きのニューエージ風の曲を、
作曲して、レッスンを進めたりしました。

当り前ですが、作曲料も、譜面作成費も無料で、
譜面のコピー代1枚10円のみ、生徒さんからいただいてます。

幼児教育の学校に行っている学生さんが、
試験課題だからと、バイエルを習う事は、よくあります。

生徒さんの好みに合わせて、譜面を書かなくて良いので、
教える私は、レッスン以外の時間は使わないので、
ラクですが、事務的な無味乾燥なレッスンになりがちでした。

生徒さんは、たとえ、試験で優という良い成績を、
もらっても、試験が終わると、合格をもらったバイエルは、
2度と弾かず、保母さんになって、仕事で、ピアノは必要なくなると、
ピアノが弾けなくなり、ピアノは、物置になるという事が、
よくありました。哀。

私は、高校3年まで、数学の微積分を教わりましたが、
学校を卒業して使わないと、忘れてしまい、
今は加減乗徐しかできないのと同じ事かもしれません。

数学の教科書は、処分して、手元にないし、
社会人になると、必要がないので、一度も見てないです。

大人になって、習いに来る方も、
「子供の頃、バイエルを習いましたが、
忘れて、バイエルは、なにも弾けません。
バイエルの教本は、ピアノを止めたら棄てました」
という方はよくいます。

「エリーゼのために」とか、曲の楽譜は、
棄てない人の方が多いし、
「バイエルは忘れて、弾けないけど、エリーゼのためには、
今もたまに、弾くので、ピアノを習って良かったです」
と、言われる方もいます。

私は、どうせ、忘れてしまう練習曲なら、
個々の生徒さんの特性に合わせて、
生徒さんに基礎力がつく、短い練習曲を
私が創作して、レッスンの時間に、
やらせた方が良いと思うのです。

そして、「エリーゼのために」のような、
一生、ピアノレッスンを止めても、
弾きたくなるような曲を、少しでも多く、
生徒さんに弾いてもらった方が良いと思うのです。

現実には、一生弾きたいと思う曲は、
難易度が、ブルグミュラー以上のレベルで、
バイエルレベルで、一生弾きたくなる曲は、
あまりないので、最近は、自分で作曲して、
教本を創作しました。

なるべく、生徒さんの食いつきが良い教材を、
講師が創作したり、探して、レッスンしていけば
良いと思うのです。

私の「食いつきが良い」というレベルは、
先生が教えた事は、ちゃんと練習してくるという
レベルではなく、私が、宿題を出さなくても、
どんどん子供さんが、自分からやってくるレベルを
「食いつきが良い」と、思っています。

専門家の話では、子供は、大人から強制されて、
嫌々勉強するより、自分から進んで、ハマッてやる勉強
の方が、脳の発達が良いそうです。

脳の発達が一番良い、小さい時期に、大人が強制して、
嫌々やらせるのは、私は、その子の人生に、
罪悪感を感じてしまうのです。

当り前だけど、好きな事は、どんどん高度な事や、
難しい事に挑戦しても楽しいし、脳が活性化するけど、
好きでない事は、つらいです。

私が、義務で、嫌いな数学を勉強するような、
つらさですかね(笑)

音楽は、義務や義理で、やっても、
良い音楽にはならんのです。

お稽古事は、量より質。

食いつきが悪い、その子の特性に合わない、
その子にとっては、質の悪いお稽古事ばかり、
毎日のように習わせると、
大人の強制で、やらされてばかりいるので、
主体的に、自発的に、学ぶ意欲が落ちて、
優しい先生の時には怠けて、厳しい先生の時しか、
真面目に、やらないという悪い癖がつきます。

この悪い癖は、子供さんの人生の自立に、
マイナスですよね。

話は長くなりますが、今から、40年以上も前の
子供の頃の私は、クラシック一筋で、ビートルズもJポップも、
まるで、興味ありませんでした。
(こんな私が、30代で、ジャズをやるとは予想外です)

習った先生は、全員
「家で、きちんと練習しない子は破門」
というレッスンで、私はバイエルも、真面目に練習して、
1年かからないで、修了しました。

しかし、発表会では、小さい生徒さんの顔ぶれが、
どんどん変わり、いつも同じなのは、私と2名だけ。

私と2名は、音大に行ったり、ヤマハ系の講師になったりして、
他の生徒さんは、どんどん止めてますね。哀。

しかし、私が講師になると、このような厳しいレッスンでは、
子供の生徒さんは、ついてくるわけもなく、
私は、新人の頃、練習しない生徒さんを、興奮して
鼻血を出しながら、叱ってました。

知人の講師は、新人の頃、生徒が、あまりに練習しないので、
悲しくなって生徒を、叱りながら、泣いてしまったそうです。

結婚も子育てもしたこともない、若かった私は、
「私は、子供を知らない。自分が教わった厳しいレッスンは、
現実の仕事の場では向かない。私には、ピアノ講師は無理だ」
と、ピアノ講師を止めようかと悩みました。

でも、反省して、
「子供の生徒さんから、教える事の本質を学んでいこう。
生徒さんに強制せずに、宿題を出さなくても、
自分から、どんどん弾きたくなるレッスンを模索しよう」
と変わっていったので、30年以上も、講師を続ける事が
できました。

アメリカの教育哲学者の言葉で、
「凡庸な教師は、ただ話す。
良い教師は、説明する。
優れた教師は、態度で示す。
そして、偉大な教師は、生徒の心に火をつける」
というのが、あります。

シビアに、この言葉を、ピアノレッスンに、あてはめてみると、

「A 凡庸な教師は、ただ教本を、順番通りに生徒に練習させる。
生徒が、練習してこないと、しつこく、2ケ月も3ケ月も同じ曲を
やらせて、ダメな生徒だと、切り棄てる。
生徒の気持ちは無視してばかりで、感じ取れず、ただ生徒に、
知識や技術を詰め込もうと、自分独りで話してばかりで、
生徒に自分で感じたり、考えさせない。
個々の生徒の特性を、さぐろうともしない。

B 良い教師は、個々の生徒の特性に合わせて、教本を練習させる。
教本の進む順番をかえたり、生徒の好きな曲を、
適宜、はさんで、弾かせたりする。生徒の気持ちにも配慮する。

C 優れた教師は、生徒の音楽したい意欲を、どんどん引き出す。
主に、言葉ではなく、音楽の力で、生徒の音楽性を成長させる。

D 偉大な教師は、生徒の音楽したい意欲を、引き出し、
生徒は、音楽にはまり、生徒の心に火がついて、
音楽以外の学習も、健康な自尊感情が育ち、自信がついて、
積極的に、自発的に勉強して、自分の人生を、自分で、
良い方向にもっていくように、前向きに努力するようになる。

少しでも、教えるランクをあげるのは、
講師の努力目標ですよね。

何回もこのブログで、書いているけど、
私は、ピアノを弾く事は、第2の母語だと
思っているのです。

NHKのアナウンサーが原稿を読むような感じで、
とにかく、間違えないで、読めれば良いというような
ピアノレッスン。親御さんが、
「うちの子は、バイエルの上巻をやってるけど、
お隣の子は、バイエルの下巻で、お隣の子に負けた。
口惜しいので、もっと、頑張らないとダメだと、
子供を叱りとばした」
というのは、言葉に例えると、
「うちの子は、論語は、つっかえないで読めるけど、
漢文がまだ、読めないので、
隣の子に負けているから、叱りとばした」
というのと、同じで、
子供は、論語は読んでいるけど、生きている日々の生活で、
自分の気持ちを、言葉で話した事がないし、
言葉で、人と心を通わせた経験がない。

これでは、空しいだけで、
子供の人生に、とてもマイナスですよね。

勉強が、教科書や、学校や、塾の講師の授業の中だけや、
机の前や、タブレットに詰め込んだ学習情報だけに、
あるのでは、子供の心に火がつく確率は、
少なくなりがちです。

あくまでも、タブレット等の機械学習は、火がつく前の、
子供の前段階の学習ですかね?

勉強も音楽も、本や教科書や教本や、学校の授業や、
講師のレッスンや、楽器の前だけではなく、
人が生きていく、日常生活の中に、いくらでもあると
思うのです。

そういう意味では、神奈川で教えている時に、
たまにいた、
「パパのおならは、臭いよ」
と、その場で作曲して、嬉々として歌っている幼児は、
ホッとするのです(笑)

日常生活の人間の生のなかで、
子供の興味が、どんどん広がっていくなら、
ランクの高い教育も、できるのでは?と、
夢想するのですがね?

ただ単に、知識や情報や、技術を子供に詰め込むだけが、
教える事だと思いこむのは、子供の人生に失礼だし、
学校の勉強でも、狭い偏差値だけで、
「うちの子はダメだ」と、思うのは、
子供さんの人生に、絶対マイナスだと思うのです。

親御さんは、この世に一人しかいない、
子供さんの特性を伸ばす事、
偏差値という一部の能力や、教本の進度に、
過剰にとらわれずに、子供さんの広い能力(非認知能力)
に目をむけて、伸ばすことを模索すれば、良いのですよね。
  
生徒さんは、
「先生や大人に頼らなくても、どんどん自分で考えて、
自分でやっていけば、できるようになる」
という健康な自尊感情を、自ら育てて、自分の特性に合う事も、
合わない事も、自分で判断できて、
少しでも、短い期間で、私のレッスンを卒業して
自分で、どんどん音楽できるピアノレッスン。

大人になって、自立して生きていける事の
ほんの少しの一助にでもなれるピアノレッスンが、
私の理想なのです。

(理想の実現は、現実には難しいですが、模索します)

また、私が手に負えなくなった生徒さんは、どんどん早く、
私を卒業して、他の講師に替わりましょうね。

そういう意味では、独学にチャレンジする大人の方も、
応援したいので、独学で、煮詰まった時のみの
不定期レッスンも始めました。
独学大賛成です!

(2020年2月より、ユーチューブの動画で、
無料で、ピアノを弾いた事のない初心者の方が、
コード奏・読譜演奏・作曲・アドリブを、
気軽に楽しめる公開講座を始めます。
第1作の公開予定は2月頃の予定で、
公開しましたら、ホームページと、
ブログに明記致します。ネットで独学で、
学ぶ事も、ステキな事だと思います)

最後に、日本の学校の画一的な教え方の問題点を、
書きます。

フィンランドの学校教育は、1クラス25名以下で、
生徒は、個々に別々の課題に取り組む授業が多く、
生徒の個別性に、きめこまかく対応するので、
塾は必要なくなり、
塾に行く子は、ほとんどいないそうです。

偏差値も、学力テストもないけれど、
国際間の学力テストでは、フィンランドはいつも上位の成績です。

日本の学校教育は、
生徒の個別性や特性を無視した、画一的な授業で、
落ちこぼしや、逆に、物足りない子が多いです。

落ちこぼれてしまった子供達にとっては、
わけのわからない授業を、えんえんと、やらされるので、
学校の授業は、つらいですよね。

日本の学校も、25名以下のクラスにして、
個々の子供の特性に合わせた指導をしてくれるのが、
理想ですが、現実は、塾とか、お稽古事が、
学校教育では、できない穴を埋めるのですね。哀。

私は、子供の心の健康のためには、学校から帰ったら、
塾や稽古事には、あまり行かないで、
フィンランドのように、のびのびと、
子供が遊べば、学校の苛めも減るし、
良いと思うのですが、
日本の現実では、仕方がないです。哀

子供にとっては、お友達と遊ぶ事も、大切な事で、
「遊ばない子供は、脳の前傍帯状回の働きが悪くなり、
突然、きれる等の弊害が出る」
と、専門家は本で、書いています。
対人関係の面でも、支障が出てくると思います。

苛めや、人間関係による転校も、
オランダや、フィンランドでは、日本より、
自由に気楽にできるそうで、良い事だと思います。

塾には、苛め自殺が、ほとんどないのは、
学校と違って、自由にかえられるからだと思います。

もし、大人にも、会社や職場を、かえられる自由が、
なければ、自殺や心を病む大人は、増えると思います。

最後に、もう一度しつこく、
「子供の心の健康と、人生の自立心を育てるために、
お稽古事は、量より質。
大人が指導する学びと、遊びのバランスを良くとって、
主体的に自発的に、楽しく、生き生きと学べる子を
育てましょう」


あさげピアノハウス

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この記事へのコメント

2019年10月05日 19:53
先生のお説に感銘いたしました!!
昭和世代ですが、学校もピアノも「Aランク」の先生しかいませんでした。バイエル延々と7年くらい無感動のまま辞めました。

今は先生のような方が多いのでしょうね。youtubeで発表会なのかゲームの曲弾いてる小学生の男の子を見かけます。

現在私も独学でゲームの曲をいくつも仕上げました。何度はバイエルより結構上ですが猛練習でなんとか。40歳の今が一番ピアノ弾いていますが。。。
脳の発育が一番いい小学生の時にちゃんと教えてほしかったです。
あさげ
2019年10月06日 12:55
コメントありがとうございます。
音楽は、その人が心から好きな音楽を、
楽しんでやるのが、一番良いですよね。
音楽は、義務や義理で、やるものではないと
思います。
「パパのおならは臭いよ」と、嬉しそうに
歌った子の想い出は、学ぶ事の本質を
教えてくれる貴重な想い出です。
ジャズバンドの元メンバーは、音楽で、
お金をもらっているので、幼児のように、
純粋に音楽を楽しめないので、できない事が
あると死活問題で、ものすごく落ち込み、
音楽が心の元気を奪う事もあります。
仕事の義務で、音楽をやる事が多くなりがち・・。
そういう時に、幼児の自然体で、音楽を楽しむ
姿勢は、私の心の元気を育ててくれました。
心から好きな音楽を楽しんで、
音楽で心の元気を育てる事は、素敵な事ですよね。
話は長くなりますが、IT業界で働いてる知人が、
「2年もたつと、もう旧くなってるので、どんどん
新しい事を勉強しないとダメだ」と言ってました。
「ピアノ講師は、バイエルという百年前の
教本を使って、未だに教えている講師もいますよ」
と言うと驚いてました。でも、変化が激しい、
多様化の時代では、この体質は、変わらざる
をえないと思います。

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